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Anderson の腱膜性下垂手術の一つの注意点(眼紀47:1100-1103,1996)

Achievement

井出 醇、久保木 紀子、真野 俊治、山口 哲男、川崎 論

井出眼科病院

井出眼科病院 井出 醇(いであつし)

眼紀47:1100-1103,1996.

日本眼科紀要会のご好意により掲載しています。

An Observation on Anderson’s Method of surgery for Aponeurotic Ptosis

Atsushi Ide, Noriko kuboki, Shunji Mano, Tetsuo Yamaguchi and Satoshi Kawasaki

Ide Eye Hospital

退縮性下垂の矯正手術では、眼窩隔膜を腱膜から剥離するために Anderson の原法どおりに眼窩隔膜下縁に水平切開を入れ,ひと思いに切り離してしまうべきであり,両者の間を剥離しようとすると Muller 筋層内に迷入してしまう危険性が大きい。また Anderson の Whitnall’s sling 法では,眼窩隔膜で切断して腱膜前面は出せたとしても,後面を剥離することが困難で,容易に腱膜とMuller 筋を一括した層の剥離になってしまう危険が大きい。

(眼紀 47:1100-1103,1996)

キーワード:腱膜性(老人性,退縮性)眼瞼下垂,眼瞼手術,挙筋腱膜,眼窩隔膜,ミュラー筋(眼瞼の)

Certain caveats should be observed when using Anderson's method for surgical correction of aponeurotic ptosis. When removing the orbital septum from the aponneurosis, the septum should be lifted in one motion after a horizontal incision has been placed at the inferior margin of the orbital septum, as in Anderson's original method. if separation is attempted between the septum and aponeurosis, Muller's muscular tunic may be incised incised accidentally. When using Whitnall's sling method as described by Anderson, the anterior surface of the aponneurosis may be exposed by making an incision at the orbital septum. However, the posterior surface may be difficult to undermine, so that often partial removal of Muller's muscle occurs when the aponneurosis is undermined.

(Folia Ophthalmol Jpn 47: 1100-1103, 1996)

Key Words: Aponeurotic(Senile, Involutional) Ptosis, Surgery of Eyelids, Levator Aponeurosis, Orbital Septum, Muller's Muscle

I.緒言

老人性こと退縮性の上眼瞼下垂は上眼瞼挙筋末梢の前葉である挙筋腱膜(以下腱膜)を短縮し,瞼板上部に縫着するAndersonの手術で治療が可能である。この方法では,まず腱膜の前面を露出する必要があり,そのためには眼窩隔膜を早めに腱膜から切り離すのが簡便かつ確実な方法といえる。しかし,実際には眼窩隔膜と腱膜との間を分離しているつもりが,両者を同時にその後方から分離しており,残された後方組織がMuller筋のみとなることがある。そのため術中に剥離しているものが眼窩隔膜のみか,あるいは腱膜も含んでいるのかとの疑問が生じる。この問題を解決するために,術中に眼窩隔膜と思って剥離した組織を切除し,病理組織学的に検討したので報告する。

II.対象および方法

対象は表1に示す3例である。第3例ではコントロールとして剥離した側だけでなく,後方に残した組織をも切除して検討した。3例中,1例は退縮性下垂,1例は白内障術後の下垂,1例は先天性不完全下垂を放置して次第に退縮性下垂を合併してきた41歳の女性である。

表1 各症例の組織片の採取部位と採取方法

※表は横にスクロールしてご確認頂けます

症例

年齢(歳)

性別

病名

隔膜・腱膜間分離法

組織片の切り出し方

HS

73

両・退縮性下垂+両・上眼瞼皮膚弛緩

隔膜がどこまでも回り込んでいるようにみえるので15~20mm剥離して中止。

右・隔膜側中央部を縦に、耳側を横に2箇小さく切り出した。また腱膜側耳側を横に小さく切り出した。

MG

81

両・白内障術後の下垂

隔膜がどこまでも回り込んでいるようにみえるので、隔膜下縁より約10mmで横切開を加えた。

右・水平切開した中枢側を横に切り取った。

YT

41

左・先天性不完全下垂+両・退縮性下垂

隔膜を追っていくと、次第に薄くなって、自然に眼窩脂肪が出てしまった。

右・水平切開した抹消側を横に切り取った。

組織片の採取部位およびその方法についても表1に記した。

切除組織片は,ホルマリン固定後,パラフィンに包理し,薄切(4μm)にした切片をヘマトキシリン‐エオジン(HE)およびワンギーソンで染色し,光学顕微鏡で検鏡し,また写真撮影を行った。

III.結果

前例において,ワンギーソン染色で赤色を呈する膠原線維の間に,黄色に染まるおよそ30μmの平滑筋線維束を認めた。またコントロール例は平滑筋と脂肪組織からなり,残した底面はMuller筋であることが確認された。第1~3例の組織写真を示す(図1~3)。すなわち術中眼窩隔膜と腱膜の間と思って剥離していた層は,腱膜だけでなくときとしてMuller筋の層まで含んでいたことになる。

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図1 第1例組織写真 眼窩隔膜と思われた層には一部に黄色の平滑筋線維の混在を認める (ワンギーソン染色)。
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図2 第2例組織写真 眼窩隔膜と思われた層には一部に黄色の平滑筋線維の混在を認める (ワンギーソン染色)。
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図3 第3例組織写真 眼窩隔膜と思われた層には一部に黄色の平滑筋線維の混在を認める (ワンギーソン染色)。

IV.考按

老人性眼瞼下垂に対するAndersonの腱膜下垂の手術 1)には,腱膜の短縮にあたって,その前面だけを露出して行う方法と,前後両面を剥離して腱膜を分離し,末梢を切除して縫着する方法(Whitmall’s Sling 2))とがある。いずれにしても腱膜前面の露出は不可欠であるが,眼窩腱膜と腱膜の分離は果たして確実にできているのであろうかとの疑問があり,今回の検討を行った。

老人性眼瞼下垂の手術中,眼窩隔膜の下縁は白色の線状組織として認められる(図4)が,その末端は後上方に捲き上がっているようにみえ,それをできるだけ腱膜と剥離して切除しようとすると,両者の間はどこまでも剥離が可能に思われてくる。すなわち,術中所見からは,眼窩隔膜は眼窩脂肪の裏側にも存在するようにみえる(図5)。もしこのようにして剥離した組織が真に眼窩隔膜のみであるならば,後方に残されたそしきは当然腱膜のはずで問題ない。しかし,今回の検討の結果からも明らかなように,眼窩隔膜のみと思われた組織には腱膜のみならずMuller筋の浅層をも含んでいた。このように眼瞼下垂手術で不可欠な腱膜前面の露出は必ずしも容易,かつ確実に行われているとは限らないのである。

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図4 ピンセットの先端で眼窩隔膜下縁の白い線と瞼板上縁とを示す。
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図5 眼窩隔膜はどこまでも剥離可能のように見える様子を示す。

ndersonは腱膜前面の露出法についてそのコツを述べ,要は眼窩隔膜の下縁で水平切開してしまうことを勧めている。しかし,実際にはこの操作は以下の理由で躊躇されることが多い。すなわち,第一図は図6のごとく眼窩隔膜は多少たるんでおり,下端Aを切開するよりは接合部Bで切り離したいこと。第二図は図7のごとく眼窩隔膜と腱膜の接合部には「接合部三角地帯」とも称すべき部分があり,Cで切開するよりはDで切開したいこと,である。一方,これらの理由は眼窩隔膜と腱膜はaa’bb’と混合して下降するという解剖学的理解に基づくものであった。しかし,実際に剥離をしてみると,眼窩隔膜はaa’の方向にどこまでも剥離が可能であり,あたかも眼窩脂肪の後面を裏打ちしているようなのである。なかには第3例のように,眼窩隔膜を剥離中,徐々に薄くなり自然に眼窩脂肪が露出する例もある。このことから眼窩隔膜のあり方には,図8のような3通りのものが考えられる。第一は眼窩隔膜は腱膜と混じり合って下降していくというもので,欧米ではこのように考えられている3)。第二は矢状断でみると末端は扇状に広がっていて,下降していくものと捲き上がって眼窩脂肪の後面を裏打ちしているものがあるという考えである。第二の説は更に,捲き上がった層は徐々に消失するというものと,どこまでも(最低Whitnall靭帯あたりまで)確実に存在するという考え方があり,我が国の形成外科医の間ではこの問題が論争のひとつになっている。この問題は極めて興味のある点ではあるが,本論文ではその前段階として,眼窩隔膜を連続した面として剥離した後,眼窩隔膜側で切除した組織を検討したものである。その結果,3例とも材料に平滑筋を認めたことで,眼窩隔膜と腱膜の間と思って剥離していた層が腱膜だけでなくMuller筋の浅層まで含んでいたことがわかった。したがって,腱膜の前面を確実に露出するためには,眼窩隔膜の後上方への剥離は極力行わず,Andersonのように眼窩隔膜を早めに切断したほうがよいと考えるものである。

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図6 a:眼窩隔膜,b:挙筋腱膜 a,bはBで接している。またaは多少垂れ下がっていて,最下縁はAの高さにある。
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図7 aa’:眼窩隔膜,bb’:腱膜 両者の接点には拡大すれば「接合部三角地帯」とでも称すべき部分があり,眼窩隔膜はaa’以外にaa’’に向かっているようにもみえる。
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図8 眼窩隔膜は腱膜との接合部でどのようになっているかについて三つの考え方があることを示す。

本論文の一部は「眼瞼下垂手術における挙筋腱膜(aponeurosis)前面の剥離の重要性」として第18回日本眼科手術学会一般講演で発表した。

【文献】

1) Anderson RL : Aponeurotic ptosis surgery. Arch Ophthalmol 97: 1123-1128, 1979.

2) Anderson RL : Whitnall’s sling for poor function ptosis Arch Ophthalmol 108: 1628-1632, 1990.

3) Wolfort FG & Kanter WR : Aesthetic Blepharoplasty. 38-42, Little, Brown & Com, Boston, 1995.

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