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上眼瞼の臨床解剖(OPHTHALMIC FORESIGHT 2006 VOL.11 NO.3)

Achievement

上眼瞼の臨床解剖

井出眼科病院院長 井出 醇

OPHTHALMIC FORESIGHT 2006 VOL.11 NO.3 掲載

※ 本論は万有製薬株式会社からの許可を得て掲載しています。

上眼瞼の手術に役立つと思われる臨床解剖について述べた。第一に眼瞼の手術の目安となる実測値(概数)を示した。第二に上眼瞼の本幹は拳筋complex(拳筋と腱膜とMuller筋)であり、それに一つの支幹である眼窩隔膜が加わって構成されているので、それらについて詳述した。第三にさらに手術の際重要である線維脂肪組織、Whitnall靭帯についても述べた。

眼瞼の手術の目安となる実測値(図1)

以下の数値は、覚えやすいように多少独断的で割り切った値であることをお断りしておく。
まず上眼瞼計測は、「瞼板(9)の高さは10mmである」を基準とするとよいと思う。そうするとMuller筋(20)も瞼板高と同じ10mmとなる。Muller筋の起始部は拳筋(15)の腹側にあり、拳筋線維(横紋筋)とMuller筋線維(平滑筋)が渦巻状に混在してはっきり分けられず、Putterman 1) は瞼板上縁(以下superior tarsal border, STB(24))より15mm上方といっているが、ここでは10mmとした。つまりMuller筋の始まりは上円蓋部のレベルか、場合によってはさらに5mm上方である。一方Muller筋の付着部はSTBである。上円蓋部までの深さは20mmである。
次に眼窩隔膜(3)と拳筋腱膜(8)の合流部は(21)~(22)の間であるが、日本人ではSTB付近である。
STBのレベルを中心に上下に「腱膜」と「Muller筋+瞼板の上方3分の2」との間には、腱膜後方空隙(7)と呼ばれる結合の疎な部分があり、STBより2~3mm上行すれば辺縁血管弓(6)が横走しているので出血しやすい。
STBより12mm奥まった拳筋の背側からは上部 Whitnall 靭帯(上部WL(16))が始まり、またSTBより16mm上方の拳筋の腹側からは下部 Whitnall 靭帯(14)が始まる。両者は拳筋を筒状に取り巻いているといわれる(Lukasら 5))(下部WLは上部WLより奥まっていることに注意)。上眼瞼溝(重瞼線)(11)は瞼縁より3~5mmのところにできる。

拳筋complex

1.拳筋(図1(15))

拳筋は随意筋である横紋筋からなり、意識的に眼瞼を拳上する際に働く。拳筋の筋膜内には筋紡錘を認める。筋紡錘は三叉神経を経て伸展刺激を中枢に伝え、動眼神経を介して拳筋を、また交感神経を介してMuller筋(20)を収縮させる。
最近は、先天性下垂のうち拳筋機能が4mm以下のグループに超最大量拳筋短縮術 2)を行うことはほとんどなく、一般的には前頭筋吊り上げ術が行われ、また拳筋機能が5mm以上残存していれば腱膜前転術が行われるので、先天性下垂重症例でさえも拳筋本体を取り扱うことはなくなってしまった。

2.腱膜(8)

腱膜は膠原線維と弾力線維からなる結合識であり、一方、拳筋筋膜(19)も結合組織であるから、拳筋が腱膜に変わると拳筋筋膜と腱膜の区別はつかない。
図2に拳筋と腱膜の移行部の拡大写真を示すが、上円蓋部のレベルのやや上方で赤茶色の拳筋(イ)が青黒色の腱膜(ホ)に徐々に変わっているのがわかる。筋線維の背側にあるのが筋膜(ロ)であり、それは下降すると眼窩隔膜(ヘ)と合流してしまう(リ)(チ)。右上隅に Whitnall 靭帯(ハ)の一部を認める。また腱膜の腹側を下降する厚手の灰桃色の線維層はMuller筋(ヌ)である。腱膜とMuller筋の間は空隙(ワ)があるというものの、両者は納得いくようには分離できないように思う 3)。また腱膜は手術をしていると繊維状の層状集合体のようになっている立体的な構造物である。
次に経皮法によって短縮すべき腱膜を出すためには図3のごとく白色点線のように、まず皮切して眼輪筋後面に達したらそのまま上行して線維脂肪組織の底面を通過し、続いて眼窩隔膜、腱膜の合流部の間を合流部の最内層を目指して剥離していく。最内層は手術中に白色の横線(White line 3)と呼ばれる)(図4)として認められ、眼窩脂肪が豊富な時にはその最下降部でもある。White lineは耳側寄りで見つけやすいので、まず眼瞼耳側寄りを剥離することで、次にそのlineを鼻側に追っていくとよい。White lineが十分に出たら裏面に少し回り込んで(図3矢印)脂肪被膜を破らないように水平切開して眼窩脂肪を出す。次に眼窩脂肪をデマルで持ち上げればその下に灰白色に輝く膜として腱膜の前面が認められる。しかし腱膜が薄かったり、その上、腱膜後方空隙に脂肪沈着があるなど、腱膜が途中で消失してしまってWhitnall靭帯まで追っていけないようにみえることもある。

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図1 日本人上眼瞼の中央部での矢状断:閉瞼(模式図:井出)
(1)眼輪筋、(2)線維脂肪組織、(3)眼窩隔膜、(4)眼窩隔膜の反転枝、(5)眼窩脂肪、(6)辺縁血管弓、(7)腱膜後方空隙、(8)腱膜、(9)瞼板、(10)腱膜の眼輪筋穿通枝、(11)上眼瞼溝、(12)瞼縁血管弓、(13)上直筋、(14)下部Whitnall靭帯、(15)拳筋、(16)上部Whitnall靭帯、(17)拳筋と腱膜の移行部、(18)上円蓋部懸垂靭帯、(19)上部Whitnall靭帯の下縁、(20)Muller筋、(21)腱膜と眼窩隔膜の合流部の最内層、または眼窩脂肪の最下降点、またはWhite line、(22)合流部の最外層、(23)線維脂肪組織の最下降点、(24)瞼板上縁
注)眼窩隔膜の反転枝と腱膜は2層になっているように描いてあるが、実際は両者の区別はつかない。
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図2 拳筋と腱膜の移行部および眼窩隔膜の合流部の拡大図
(イ)拳筋、(ロ)拳筋筋膜、(ハ)上部Whitnall靭帯、(ニ)眼窩脂肪、(ホ)腱膜、(ヘ)眼窩隔膜、(ト)線維脂肪組織、(チ)腱膜と眼窩隔膜の合流部、(リ)合流部の最内層、または眼窩脂肪の最下降点、(ヌ)Muller筋、(ル)上円蓋部、(オ)上円蓋部懸垂靭帯、(ワ)腱膜後方空隙
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図3 拳筋腱膜短縮の際の腱膜の出し方
まず、上眼瞼溝に沿って眼輪筋後面まで切開を行い、次いで眼輪筋後面に沿って上行し、さらに線維脂肪組織と腱膜の間を剥離していってWhite lineに至れば2~3mmその後面を露出し、腱膜(「腱膜」と「眼窩隔膜の反転枝」の混合したものと考えてもいい)を水平切開する。被膜に包まれた眼窩脂肪が出てくるから、それを持ち上げれば拳筋前面が露出される。
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図4
上:ピンセットの先端でWhite lineと瞼板上縁とを示す。
下:拳筋腱膜はどこまでも剥離可能のようにみえる。腱膜は鼻側より耳側のほうが堅固である。(文献3より引用)

3.Muller筋(図1(20)、図2(ヌ))

長さ10mm、厚さ1mmである。STB(24)とは固く結びつき、裏面の結膜とは疎に結び付く。Mulelr筋は交感神経の刺激を受けて2mm収縮する平滑筋であると教わった。最近、松尾によれば、Muller筋自体が拳筋の筋紡錘的な働きをし、そこからの刺激が拳筋の赤色筋に強直性収縮を起こさせ開瞼を持続させるという。またMuller筋には交感神経α1よりα2受容体が優位に存在するので塩酸フェニレフリン点眼より塩酸アプラクロニジン点眼で反応をみるほうが合理的であるといわれるが、眼瞼下垂の術前検査として行う「いわゆるMuller筋の拳上試験」ではどちらを点眼してもさしつかえないと私には思える。

上記以外の組織

1.線維脂肪組織Fibroadipose tissue、FAT(2)

この組織は眼輪筋(図1(1))と眼窩隔膜(3)との間にあって、以前には眉毛下脂肪パッド(Charpy)、または眼輪筋下疎性結合組織(Wolff)などと呼ばれ、眼輪筋の一部とみなされていたが、Meyerら 4)によって組織学的・発生学的研究の結果、一つのentityとして記載された結合組織に富む脂肪組織である(図1(2))。アジア人では最下降部がSTBより下降しているものが多く、このことがアジア人の眼瞼がpuffyな原因の一つであると考えられている。FATは眼窩脂肪(5)と混同されやすく、この組織を眼窩脂肪と誤認し、そのうえ眼窩隔膜を腱膜と誤認して腱膜前転のつもりで眼窩隔膜を前転すれば、強い兎眼を生ずる。
眼窩隔膜は、FATと眼窩脂肪の間を下降してきて腱膜と合流後、層状をなして引き続き下降する。しかし眼窩隔膜の最内層の一層は合流部で反転してWhitnall靭帯に終点をもつと考えてもいいのではないだろうか(図1(4))(図3)。

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図5 上・下部Whitnall靭帯と拳筋および腱膜との関係(左眼、俯瞰図)
図右は拳筋を中枢寄りで切断して折り返したもの。上下のWhitnall靭帯は矢印の部分で連結し、その中を拳筋が通過している。(文献5より引用)

2.Whitnall靭帯(16)

Whitnallによって拳筋筋膜の一部が肥厚したものと記述されたので、拳筋の上を伴走するように思われるが、実態は拳筋と直交して内外の眼窩骨を結ぶ別の靭帯であると考えたほうが理解しやすい。最近では5)、今までのWhitnall靭帯を「上部Whitnall靭帯」と呼び、別に拳筋と上直筋との間に筋間筋膜があり、この一部を「下部Whitnall靭帯」と呼ぶようになった(図5)。その理由は上下のWhitnall靭帯は拳筋の耳鼻側で連絡しており(図5の矢印)、拳筋はこの筒状の構造物の中を通り抜けていると考えられるからである。こう考えると筒状のWhitnall靭帯が拳筋の作用方向を変える働きのあること、下垂手術の際にWhitnall靭帯を切断してはならないことがよく理解できる。また下部Whitnall靭帯やテノン嚢からは上円蓋部へ懸垂靭帯(図1(18))が出ている。

文献

1) Putterman AM et al. Muellel's muscle in the treatment of upper eyelid ptosis: a ten-year study. Ophthalmic surgery 1986; 17: 354-360.

2) Callahan M, Beard C. Surgery for levator maldevelopment ptosis. In: Ptosis. 4thed, Birmingham, Aesculapius Publishing Co.,1990: 113-185.

3) 井出醇 他. Andersonの腱膜性下垂手術の一つの注意点. 眼紀. 1996: 47; 1100-1103.

4) Meyer DR et al. Anatomy of the orbital septum and associated eyelid connective tissues. Ophthal P. R. S, 1991; 7: 104-113.

5) Lukas JR et al. Two fibromuscular transverse ligaments related to the levator palpebrae superioris: Whitnall's ligament and an intermuscular transverse ligament. Anat Rec 1996; 246: 415-422.

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