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ピッグテールプローブが有用であった涙小管断裂の1例(Japanese Journal of Ophthalmic Surgery 2010 VOL.23 NO.4)

Achievement

ピッグテールプローブが有用であった涙小管断裂の1例

奥島 健太郎  三戸 秀哲  柴 智子  眞野 俊治  井出 醇 (井出眼科病院)

Japanese Journal of Ophthalmic Surgery 2010 VOL.23 NO.4 掲載

※ 本論はメディカル葵出版からの許可を得て掲載しています。

背景:近年,わが国では涙小管断裂の再建にピッグテールプローブを使用することは健常涙小管や総涙管を損傷し,涙小管の狭窄や閉塞を招く危険性があるため禁忌とされることが多い。

症例:32歳,男性。外傷により,左下涙小管断裂を生じた。12日後,左眼流涙が続き,涙小管再建術を施行した。涙小管断端の中枢側は発見できなかったため,先端が鈍のピッグテールプローブを使用し同定した。上下の涙小管にループ状にシリコーンチューブを留置し,断端を縫合した。1カ月後チューブ抜去後も左上下涙小管の通水は良好で症状は軽快した。

結論:術後早期の観察において,涙小管断端の中枢側は発見が困難な涙小管断裂の再建に先端が鈍のピッグテールプローブを使用することは安全で有効である。

A Case of Canalicular Laceration Repaired Effectively Using a Pigtail Probe

Kentaro Okushima, Hidenori Mito, Tomoko Shiba, Shunji Mano. Atsushi Ide
Ide Eye Hospital

Background : In recent years it has been suggested in Japan that a pigtail probe should not be used to repair canalicular laceration because of the risk of damage to the uninjured portion of the canalicular system. Case : A 32-year-old male presented with left lower canalicular laceration after trauma. He underwent a repair procedure 12 days after the injury because the tear failed to heal. As the center of the canalicular laceration could not be located, a pigtail probe with a blunt point was introduced. The attached silicone tube was advancd into the upper and lower lacrimal canaliculus, and the canalicular laceration was sutured. After removal of the silicone tube at one month, the patency of the left upper and lower lacrimal canaliculus was excellent, and the tear was resolved. Conclusion : Use of a pigtail probe with a blunt point is safe and effective for repair of canalicular laceration in the early stage after the operation, especially in cases where it is difficult to locate the center of the laceration.

[Japanese Journal of Ophthalmic Surgery 23(4) : 639-642, 2010]

I 緒言

外傷性涙小管断裂は眼瞼裂傷に伴って生じる眼科救急疾患の一つである。受傷後早期に断製した涙小管は適切に再建されなければ永続的な流涙症を引き起こし,著しいquality of lifeの低下を招く。再建には断裂涙小管の断端を発見し,シリコーンチューブを挿入して断端を縫合し,さらに涙小管ポンプ機能の再建とmedial rectus capusulopalpebral fasciaとともに瞼板内側を内後方へ支持させるために,断裂したHorner筋を縫合する 1,2)。しかし,一次医療機関では断端が発見できず,涙小管は再建されず眼瞼縫合のみで治療終了とされるケースも少なくない。断裂断端の発見が困難な症例にピッグテールプローブを用いる方法が知られているが,近年わが国では健常涙小管や総涙管を損傷し,狭窄や閉塞を招く危険性があるため禁忌とされることが多い 3~5)。今回,当院で中枢側断端の発見が困難な涙小管断裂に対しピッグテールプローブを用いて再建に成功し,合併症なく解剖学的にも機能的にも改善を認めた症例を経験したのでこれを検討し報告する。

II 症例および手術/p>

症例:32歳,男性。バス運転士。

既往歴および家族歴:特記すべきことなし。

現病歴:2008年12月,自動車のワイパーで左眼を受傷した。同日,他院眼科を受診し,左下眼瞼裂傷,左下涙小管断裂を認め,左下眼瞼縫合術を施行された。涙小管断端の中枢側は同定されず,涙小管は再建されなかった。12日後,左眼流涙が続き,手術を目的に当院を紹介された。

初診時眼所見:矯正視力は左右とも1.5と良好で,左内眼角部の皮膚に瘢痕を認めた。

手術:受診当日,左下涙小管再建術を施行した。2%エピネフリン添加キシロカインで浸潤麻酔を施行したのち左内眼角付近の瘢痕に沿ってマーキングを行い切開し,術野を広くとるために釣針鈎をかけた。涙小管断裂部位は下涙点から8mm内側であった。まず左下涙点より直のブジーを挿入し容易に末梢側断端を同定できた。そのままブジーで後涙嚢稜付近も含めて丁寧に中枢側の断端を探索したが,発見できなかった。そこで左上涙点から先端が鈍で小孔が開いたピッグテールプローブ[中村氏涙小管手術用誘導子弯曲型®(イナミ):図1]を挿入した。まず,小弯のプローブで挿入を試みたが,途中で抵抗を認めたため大弯のプロープを使用したところスムーズに挿入でき,容易に中枢側の断端を同定できた(図2)。次に左下涙点より「PFカテーテル®」を挿入し末梢側断端へ通過させた後,同定した中枢側の断端に挿入しようと試みたが困難であった。そのため再度左上涙点よりピッグテールプローブを挿入し中枢側の断端から先端を出し,その先端の小孔に事前に7-0ナイロン糸を通糸したシリコーンチューブ(外径1mm)を通した。そのままピッグテールプローブを戻してシリコーンチューブを上涙小管内に通した。次に左下涙点より直のブジーを挿入し末梢側断端にもシリコーンチューブを通した。シリコーンチューブを適当な長さで切断し中央でシリコーンチューブ内に通したナイロン糸を給紮した。上下涙小管にシリコーンチューブをループ状に留置した(図3)。断裂したHorner筋を「7-0バイクリル®」で図4のように筋の両端を筋線維と垂直に通糸したのち筋を寄せて縫合し,7-0ナイロン糸で皮膚を縫合した。最後に上下涙小管の通水を確認し終了した。

術後経過:術1カ月後シリコーンチューブを抜去した。眼瞼裂の形状はほぼ整っており左上下涙小管の通水は良好で流涙などの症状は軽快した。若干trap door変形を認めたが,初回手術時に正しく整復されなかったため生じたと考えられる。通常,半年くらい経過すると目立たなくなるが.もし残れば患者の希望により形成術を行う予定である。

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図1 中村氏涙小管手術用誘導子弯曲型®
大弯型と小弯型の2種類ある。先端が鈍で先端に留置悍誘導用の孔がある。
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図2 ピッグテールプローブの使用
大弯型のプローブを左上涙点より挿入し中枢側の断増(矢印)を同定した。(Surgeon's view)
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図3 シリコーンチューブをループ状に留置(Surgeon's view)(図は文献12より引用し改変)
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図4 断裂したHorner筋の縫合
筋の両端を筋線維と垂直に通糸したのち筋を寄せて縫合した。

III 考按

涙小管断裂は下眼瞼に多く,涙小管部の眼瞼裂傷に伴って起こることが多い。好発部位は涙点より2mm以上内側とされている 5)。涙小管断裂の再建が成功するかどうかのポイントとして,涙小管断端を発見すること,どのようにチューブを留置するか,および手術時期の3点が考えられるなかでも最も重要なのが涙小管中枢側断端を発見することと思われる。解剖学的に涙小管中枢側断端は創の瘢痕化,Horner筋の拘縮などで断端が深部に位置し 6),また受傷後時間が経過すると涙小管の管腔が虚脱し発見がしばしば困難になるからである。そのため,今回の症例のように釣針鈎や牽引糸で術野を広く確保するなど注意深く探しても見つからない場合,ピッグテールプローブを用いる方法が知られているが,健常側眼瞼の涙点より総涙管を経て鼻側断端を同定する方法はその盲目的操作のため組織損傷の恐れがあり予後不良であるので汲嚢を切開し逆行性に涙小管を探ることなどが勧められてきた 3,4,8~10)。

Worstらは先端がかぎ針状ピッグテールプローブを用いて断裂断端を同定したが 11),これは特にプローブを抜く際に涙小管の損傷が大きいことがわかり,先端が鈍な改良型が用いられるようになった 7,12)。今回筆者らが使用した「中村氏涙小管手術用誘導子の弯曲型®」は大弯と小弯の2種類あり先珊が鈍で小孔があり徐々に細くなっている 13)。Jordanらは涙小管断裂に先端の丸いピッグテールプローブを使用し,上下涙小管にループ状にシリコーンチューブを留置し再建した228名についてレトロスペクテイブに調査し97.4%の成功率を出している 12)。この結果からこの手技は医原性の涙小管損傷の危険性は少なく安全で有効であると結論づけており,筆者らも今回の症例を通じてそれを確認できた。平形らは慶大式「pig-tail probe®,半田屋」を用いた涙小管断裂の再建について述べている 14)。このプローブは先端は緩やかに膨隆し,やはり純になっている。この先端にシリコーンチューブを挿入し上下涙小管に環状に留置している。プローブの形状として先端が鈍であれば安全性に大きな差はないと思われる。ただし,ここで述べられているようにプローブの先端の解剖学的位置に十分留意し、抵抗を感じたら無理な力を加えてプローブを進めないことが安全に施行するうえで重要である。涙小管水平部は厚い眼輪筋に守られているが,総涙小管部の下涙小管に入る部位が特に困難であり注意を要する。

涙小管の再建にシリコーンチューブ留置は重要であるが,留置法や留置期間については議論がある 6,9,10)。「ヌンチャク型シリコーンチューブ®」や「PFカテーテル®」の鼻内固定留置は安定性に優れ,健側涙小管損傷の危険性は少ないが,一方,ピッグテールプローブを用いて上下涙小管にループ状にシリコーンチューブを留置する方法は涙小管損傷の危険性はある 6)。今回の症例では中枢側断端を同定したものの,原因は不明であるがそれより先にチューブを挿入できなかったので,ピッグテールプローブで健常涙小管側から引っ張るようにしてループ状にチューブを挿入した。チューブの留置期間は文献では2週間以内から6カ月とさまざまであるが 3,9,15),平均して1カ月程度のようである。筆者らの症例でも約1ヵ月の留置で良好な結果を得た。

手術時期に関しては受傷後10日前後までは良好な手術結果を得られるが,3週間以上では著しい組織瘢痕化により再建が困難になり結果も不良のようである 6)。今回の検討では受傷後12日であったので比較的新鮮例であったといえる。

問題点として今回の報告は1カ月までしか経過観察できなかったため,それ以降の安全性の確認はできなかった。顔面の線状瘢痕は術後2~3カ月ほど経過したときに最も硬くなり 16),再建した涙小管に影響を与えると思われる。今後,同様の症例があれば術後涙小管内の内視鏡による観察なども含めて,長期予後の観察を行いたいと考えている。

IV まとめ

涙小管断裂に対し中枢側断端が発見困難であったためピッグテールプローブを使用し,再建できた症例を経験した。シリコーンチューブは中枢側断端に直接挿入できずピッグテールプローブを用いて上下涙小管にループ状に留置した。術1カ月後シリコーンチューブを抜去したが,流涙は改善し良好な結果を得た。再建が困難な症例はピッグテールプローブの使用を試みるべきであり,本症例で術後早期においては有効であることが確認できた。

文献

1) Kakizaki H, Zako M, Miyaishi O. et al : The lacrimal canaliculus and sac bordered by the Homer's muscle form the functional lacrimal drainage system. Ophthalmology. 112:710-716, 2005

2) Kakizaki H, Zako M. Nakano T. et al: Direct insertion of the medial rectus capusulopalpebral fascia to the tarsus. Ophthal Plast Reconstr Surg, 24:126-130, 2008

3) 西尾佳晃:涙小管断裂.眼科,47:1307-13122, 2005

4) 忍足和浩:涙小管断裂.眼科診療プラクティス.文光堂, 2003, p358-361

5) 根間千秋,忍足和浩,高島直子ほか:当科における涙小管断裂の手術.臨眼,58:355-358, 2004

6) 杉田真一,大江雅子,木下太賀ほか:外傷性涙小管断裂の手術時期と治療結果に関する検討.眼科手術.19:575-578, 2006

7) 井出醇:涙小管断裂.眼科Mook,金原出版,1978,p25-39

8) 佐麟浩介,河井克仁:チューブ留置による涙小管断裂再建術80例.日眼会誌,106:83-88, 2002

9) 加島陽二:涙小管断裂.眼科,47:1707-1712, 2005

10) 佐々木慎司,八子恵子:再建術を施行した陳旧性涙小管断裂の3例.眼臨,96:297-300, 2002

11) Worst JG : Method for reconstructing torn lacrimal canaliculus. Am J Ophthalmol, 53 : 520-522. 1962

12) Jordan DR, Gilberg S. Mawn LA : The round-tipped, eyed pigtail probe for canalicular intubation : A review of 228 patients. Ophthal Plast Reconstr Surg, 24 : 176-180. 2008

13) 中村泰久:新しい手術用涙小管Probeとその使用法.眼科,18:1041-1042, 1976

14) 平形寿孝:涙小管断裂.眼科手術,3:13-18, 1990

15) 武田啓治:断裂涙小管縫合術.眼科診療プラクティス.文光堂,2002, p48-49

16) 細川亙:スキンサージャリーの基本手技,克誠堂出版,2007,p34

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